【後悔なし】5か月で初任教員を辞めたあと、2か月で転職できました。
激務な教員を辞めたい人「初任だけど毎日激務で辛い、すでに教員を辞めたい…。でも就活なんてしたことないし、何から始めればいいかわからない。もし教員を辞めたら、本当に転職先が見つかるのかな…?教員を辞めたあと後悔するかもしれない・・・。」
こういった疑問に答えます。
✓もくじ
1.【後悔しない!】5か月で初任の教員を辞めたあと、転職できました。
2.体験談:初任の教員を5か月で辞めたあとの私の話
3.教員を辞めたあと、あなたができるキャリア設計方法
この記事を書いている私は、横浜市で小学校教員歴(初任)5か月→退職しました。
2014年/教員(横浜)→歯科助手(静岡)→事務員(北海道)→レストランサーバー(アメリカ)→歯科助手(アメリカ)…めっちゃ転職しました。
現在は国際結婚し、アメリカで歯科助手として働いています。
教員を辞めたあとの情報に関して、実体験に基づいて解説します。
1.【後悔しない!】5か月で初任の教員を辞めたあと、転職できました
■私が初任で教員を辞めた理由5つ
・本当は教員になりたくなかった(子どもは好き)
・毎日の激務に耐えられなかった
・教員にはプライベートがなく、なんで生きているのかわからなくなった
・このまま何十年も、多忙な教員生活を送るのが怖くなった
・仕事の責任が重すぎた
上記の5つを詳しく解説していきます。
・本当は教員になりたくなかった(子どもは好き)
私の両親が小学校教員でした。叔父も叔母も小学校教員。私も子どもが好きだったので、なんとなく「私も将来は学校の先生になりたいな。」と思っていただけです。教員という仕事が一番身近だったため、教員以外の職業を知りませんでした。
・毎日の教員の激務に、耐えられなかった
私の教員生活は、毎朝6時過ぎに家を出て、7時前から勤務開始。夜8~9時まで仕事で22時帰宅。シャワーを浴びて寝るだけ。
私は寝るのが大好きなので、睡眠時間をなるべく長く確保するために、他のことは何もしていませんでした。夕飯もコンビニでパンを買って食べるだけでした。土日もなんだかんだで、雑務をやるために出勤。
・教員にはプライベートがなく、なんで生きているのかわからなくなった
教員という職業は、激務で自分の時間がなく、人生の目的を見失いがちです。私も、「何のために生きているんだろう」って思いながら働いていました。
・このまま何十年も、多忙な教員生活を送るのが怖くなった
初任になった4月は大変だったけど、それなりに楽しかったです。子どももかわいかったし。けど、5月、6月と日がたつごとに、子ども同士や保護者、管理職などと色々なトラブルが発生したり、クラブや役員などを任されるようになり、とにかく忙しくて、自分の時間なんて一切なくなってしましました。せっかくの休日も、疲れているから何もする気にならないし、友人もいないし。
他の先生方は、毎日夜10時、11時、12時まで残業していました。もう、残業が体に染みついている感じで。私が夜8時、9時に帰るときには「え、初任のあんたが先に帰るの?」的な空気が漂っていました。
こんな忙しくて大変な日々を毎日、この先60歳(65歳かも)まで続けるって…30年間?!無理無理!って思いました。そんなの地獄すぎるじゃないですか。人生1回しかないのに、自分の子どもでもない子に、ここまで自分の時間やエネルギーを使う価値はあるのか、って。そう考えたときに、「私にとっての人生の価値は、教員を続けることじゃないな」と思っていました。(それでもすぐに辞められなかったです。理由は、辞める勇気がなかったから。)
・教員と言う仕事の責任が重すぎた
今のご時世、何でもかんでも「体罰、虐待、セクハラ」で保護者が教員を訴えてきます。というか、保護者に怯えすぎている管理職が、過敏になりすぎていることもあると思います。
私はこんな大きくて色々な責任、負いたくないと思いました。
■よくある疑問:教員を初任で辞めたあと、どうなりましたか?
「教員を辞めたあと、どうなりましたか?」という疑問があると思います。とりあえず、めっちゃ寝ました。だって起きても起きても、毎朝学校へ行かなくていいんです。私は幸運にも、静岡の実家へ戻ることができたので、そそくさと横浜のアパートを離れました。
2014年9月10日ころに退職し、1月20日ころには、歯科助手として転職して働き始めていました。
■教員を辞めたあと、良かったこと3つ
・教員を辞めたあと、「先生」ではなくなり、自由が手に入った
芸能人ではないですが、教員って子どもにも保護者にも顔が知られているので、うかつに外出や買い物ができないですよね。ある意味で「普通の人」に戻れるので、自由を取り戻した感じでした。何も気にせずにスーパーやコンビニに行けるのです。
・教員を辞めたあと、心も体も休養できた
睡眠時間も自由な時間もいくらでもあります。激務な教員生活とは真逆です。教員を辞めた直後の1~2週間はさすがにへこみました。
「あぁ、自分はダメなんだ。負け犬なのか…。逃げたって思われてるんだろうな。」って。正直、このモヤモヤが数か月間消えませんでした。きっと「教員になった」というプライドがあったから。そして教員から逃げた自分を責めるというか、「もっと頑張れたんじゃないか?」と思っていました。
しかし、教員を辞めて1年くらい経ったころ、やっと「あ~、あの時の自分、マジでめっちゃ頑張ってたな。限界超えてたかも。あの時教員辞めて、本当によかった」と、過去の自分を評価し、認めることができるうようになりました。
・教員を辞めたあと、海外旅行に行けた(姉とベトナムへ)
教員を辞めたあと、姉とベトナム旅行に行きました。母親は「あんた仕事を辞めたのに、海外なんて行くんじゃない!」と激怒されました。でも、あれだけ大変な思いをして苦しかったのだから、自由を手に入れた今、海外でリフレッシュしてもいいじゃない、と私は思います。転職先が決まって働き始めたら、また旅行に行くチャンスを失うかもしれませんし。
■教員を辞めたあと、悪かったこと3つ
・教員を辞めたあと、転職先があるか心配
私は仕事を辞めてから転職活動を始めました。「5か月しか続かなかった私を誰が雇ってくれるんだ…。本当に転職先は見つかるのかな…めっちゃ不安なんだけど。」ってのが正直な気持ちです。辞めた直後の1か月はフラフラしていましたが、2か月目には「このままじゃやばい」と思い、真剣に転職活動を始めました。
結論、就職先は必ず見つかるので、問題なしです。でも、めっちゃ不安になります。私も不安で不安で仕方なかったです。「自分はダメなんだ」って。でも、大丈夫です。教員だったあなたなら、絶対大丈夫。
・教員を辞めたあとの、お金の心配
年金や国民保険料は月々払い続けないとならないので、貯金はなくなっていきました。(そもそもほぼ貯金なんてなかったけど)お金が必要だったから、転職活動を頑張って、退職した約2か月半後には、歯科助手として働き始めていました。私はラッキーなことに、実家に戻らせてもらえたので、家賃や食費など、切羽詰まったお金には困らずにすみました。
もし、教員を辞めたいと考えている人で、貯金がない人で実家にも戻れない人は、すぐに教員を辞めるのではなく、在職中に転職活動を開始しましょう。転職先が決まっていれば、そもそも色々な心配事がなくなるので、ストレスも少なくてすみます。
・教員を辞めたあと、実家に戻り、親戚や近所から「辞めたんだって?」という空気を感じた
これはもう、仕方ないですね。「教員ダメだったんだね~」と心の中で思われるのは、止められません。別に恥じることでもないと思います。
教員が大変なのはみんなわかっていますし、教員をやっている人、教員をやっていた人、家族に教員をやっている人がいる人なら、理解してくれます。それに、もう辞めた事実は過去のことなんだから、何を言われようが、何を思われようが関係ありません。
教員を辞めたあなたが健康で、幸せなら、それでいいのです。
2.体験談:初任の教員を5か月で辞めたあとの私の話
私の人生は、教員を辞めて、初めて動き始めました。「やりたいことを自分で決めて、自分で行動していく。」そんな当たり前のことが、教員を辞めるまでは、できていなかったのです。
■教員を辞めたあと、2カ月で歯科助手になった
私は、教員を辞めて未経験で歯科助手になりました。転職活動は約1ヵ月間です。2年4ヶ月、歯科助手として働きました。
■教員を辞めたあと、英会話教室に通った
英会話教室に通い始め、現在の夫と出会いました。教員を辞めたことで、「新しいことに挑戦したい!」と思うように。
結局、国際結婚して現在はアメリカ在住です。人生、なにがあるかわかりません。
■教員を辞めたあと、経験値が増えまくり
教員を辞めて、歯科助手→事務員→アメリカのレストランでサーバー→歯科助手→スーパーの店員、ってな感じで、国際結婚していろいろ経験しています。
3.教員を辞めたあと、あなたができるキャリア設計方法
・このまま教員を続けてみる
・在職中に転職活動を始める
・海外青年協力隊やワーキングホリデーの検討
・資格やスキルアップを目指す
1つずつ解説していきます。
・このまま教員を続けてみる
辞めるかどうか悩んだ末、そのまま教員を続けるのもアリです。理由は、辞めることはいつでもできるから。実際に私も、「辞めずに2学期も頑張ってみる」という決断をしています。
・教員を辞めたあとを考え、在職中に転職活動を始める
年齢が若いほど、転職先は広がります。実際に私は、教員を辞めたあと、未経験で歯科助手になりました。
30歳以降でも、「経験や実績」を強みに、自分をアピールできます。
教員って就活したことがない人が多いと思います。私も就活したことがなかったので、「転職活動ってなにすればいいの?」って感じでした。
とにかく転職のプロに相談するのが近道です。
転職エージェント≫リクルートエージェント公式サイト
転職サイト(無料登録)≫リクナビNEXT公式サイト
・教員を辞めたあと、海外青年協力隊やワーキングホリデーに行く
30歳までなら、1年間のワーキングビザを取得できます。
私の友人は、初任1年を終えたところで小学校教員を辞め、カナダにワーキングホリデーに行きました。帰国後はまた教員として働いています。年度途中で辞めない限り、海外で活動したあとも、また教員の道に戻ることが可能です。
母の学校にも、海外青年協力隊でボランティアをしている若い先生がいて、数年おきに参加していたようです。母は、その先生を尊敬していました。
外国に住む勇気はないけど、外国人と話したり国際交流したりするのには興味があるな…って人は、「日本で外国人に日本語を教える」なんて職業もありますよ。
・資格やスキルアップを目指す
コツコツと勉強をするのが得意な人、真面目な教員の方は、ITスキルとの相性がいいです。実際に、教員を辞めてからプログラミングなどを身につけて、転職や年収アップに成功された方もいます。
こんなのもあります。≫ヒューマンアカデミー 動画クリエイター講座
私は教員を辞めて、初めて自分の人生を歩み始めました。自分の人生を自分で決定し、作っていっているのです。やろうと思えば、なんでもできます。私は英会話を始めて国際結婚し、今はアメリカで歯科助手をしています。
1度きりの人生です。自分の人生を歩んでみませんか?
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トーマン悠(トーマンはるか)
英語が大嫌いで、英会話に通って英語が話せるようになりました。英検4級だけ持っています。
アメリカ人と結婚して6年、アメリカ在住4年。現在は夫・アダムと、のんびりキャンパー暮らしをしています。
新卒で小学校教員
→半年で退職
→歯科助手
→英会話に通う
→アメリカ6週間1人旅
→北海道移住
→事務員
→夫婦で仕事を辞め、エベレストのベースキャンプまで120㎞を完歩
→アメリカ移住
→レストランでサーバー、3か月で辞める
→歯科助手
→スーパーの青果売り場勤務
→ミネソタ州でキャンパー暮らし
→ホテルの清掃員
→RVパークのスタッフ
現在はアメリカ・ミネソタ州在住です。
目標であった、夫・アダムの奨学金450万円を完済しました(2021年12月末)。
ヒッピー思考で、愛と自由と平和がモットー。
アダム・トーマン
このサイトの英語アドバイザーを担当。
2011~2019年まで、日本各地で英語・英会話講師を経験。
初めて住んだ岩手県二戸市が超大好き。
幼児~大人まで、ビギナー~超上級者まで、幅広く教えてきました。
Make your English your style.
★仮想通貨・米国株を2017年から運用中。
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